2007年3月31日(土) 朝刊 1面
「集団自決」軍関与を否定/08年度教科書検定
文科省「断定できず」/専門家「加害責任薄める」
【東京】文部科学省は三十日、二〇〇八年度から使用される高校教科書(主に二、三年生用)の検定結果を公表した。日本史A、Bでは沖縄戦の「集団自決」について、日本軍が強制したとの記述七カ所(五社七冊)に、修正を求める検定意見が初めて付いた。文科省は「集団自決」に関して今回から、「日本軍による強制または命令は断定できない」との立場で検定意見を付することを決定。これに伴い、各出版社が関連記述を修正した結果、いずれの教科書でもこれまで日本軍による「集団自決」の強制が明記されていたが、日本軍の関与について否定する表記となった。
文科省は「最近の学説状況の変化」や大阪地裁で係争中の「集団自決」訴訟での日本軍元戦隊長の証言などを根拠に挙げているが、教科書問題に詳しい高嶋伸欣琉球大学教授は「合理的な根拠がなく、日本軍の加害責任を薄める特定の政治的意図が透けて見える」と批判。
さらに修正後の記述についても「住民がどのように『集団自決』に追い込まれていったのか、実態がぼやけてしまっている」と指摘した。
「集団自決」関連で検定意見が付いたのは実教出版(日本史B二冊)、三省堂(日本史A、B)、清水書院(日本史B)、東京書籍(日本史A)、山川出版社(日本史A)の五社七冊。
いずれも検定前の申請図書では「集団自決」について「日本軍に…強いられ」「日本軍により…追い込まれ」などと記述、日本軍による強制、命令を明記していた。
しかし検定意見書ではそれぞれ「沖縄戦の実態について、誤解するおそれのある表現である」との意見が付き、修正後に検定決定した記述では「集団自決」がどのように引き起こされたかがあいまいとなっている。
今回の検定意見に至った経緯について文科省は「軍の強制は現代史の通説になっているが、当時の指揮官が民事訴訟で命令を否定する動きがある上、指揮官の直接命令は確認されていないとの学説も多く、断定的表現を避けるようにした」と説明。
その上で「今回の検定から、集団自決を日本軍が強要した、命令したという記述については検定意見を付し、記述の修正を求めることとした」とし、来年度以降も同様の検定となる見通しを示した。
昨年度まで検定合格した教科書についても各出版社に訂正を通知する予定だが、強制力はなく、各出版社の判断に委ねられるという。
今回の検定意見について、検定に直接携わる「教科書調査検定審議会」からは否定的な意見は出なかったという。
[ことば]
教科書検定民間の出版社が編集した原稿段階の教科書(申請本)を、文部科学省が学校で使う教科書として適切かどうか審査する制度。学校教育法、教科書検定規則で規定されており、合格しないと教科書として認められない。学習指導要領に則しているか、範囲や表現は適切か、などを教科用図書検定調査審議会に諮って審査する。出版社は指摘された「検定意見に沿って内容を修正、合格した教科書は市町村教育委員会などの採択を経て、翌年春から使われる。検定対象の学校や学年は毎年異なり、各教科書の検定はおおむね4年ごとに行われる。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703311300_01.html
2007年3月31日(土) 朝刊 27面
沖縄戦 ゆがむ実相
高校教科書に掲載された沖縄戦の「集団自決」の実態が国によって隠された。文部科学省は、今回の教科書検定で「軍命の有無は断定的ではない」との見解を示し、過去の検定で認めてきた「集団自決」に対する日本軍の関与を否定。関与を記述した部分の修正を教科書会社に求めた。同省が変更理由に挙げたのは「集団自決」をめぐる訴訟での日本軍の元戦隊長の軍命否定証言と近年の「学説状況の変化」。文科省の姿勢に、県内の関係者からは「沖縄戦の実相の歪曲」「殉国美談に仕立て上げている」と批判が出ている。
沖縄戦研究者の吉浜忍沖国大助教授は「検定意見で日本軍の『集団自決』への関与がぼかされたが、軍隊が誘導したのが実態だ」と沖縄戦の実相を指摘する。その上で「国によって沖縄戦が書き換えられた。これまでの研究や調査を逆転させようという政治的意図を感じる」。
「『新しい歴史教科書をつくる会』や『集団自決』訴訟の原告側支援者が文科省に内容の訂正を申し入れた結果だ」。大江健三郎・岩波書店沖縄戦裁判(「集団自決」訴訟)支援連絡会の小牧薫事務局長は、日本軍の関与を薄める内容に変更された理由を推測する。「今後、沖縄戦そのものが削除される恐れがある」と危惧する。
沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会事務局長の山口剛史琉球大学助教授も「『集団自決』訴訟の事実認定と証人尋問がこれからという段階で、極めて一方的だ」と文科省の姿勢に首をかしげる。「被告側は逆に『軍命があった』という証拠を出して反証している。それを一切無視した形で、かなり意図的なものと言わざるを得ないと思う」と語る。
法律家の三宅俊司弁護士は「学者が客観的調査で調べた事実があるのに、裁判で争いがあるからといって、教科書に出さないのはおかしい」と、軍命を否定した検定の在り方を批判する。「教育は事実を教え、それを評価できる能力を育てることのはず。これでは思想統制だ。国民の教育権を侵害することになる」
沖縄歴史教育研究会の代表を務める宜野湾高校教諭の新城俊昭さんは「『強制』という軍の関与を示す言葉が抜けると、住民が自ら死んだという殉国美談になる」と懸念する。「学校現場では沖縄の実相を教えることが難しくなると思う。それだけに今後はますます教師の技量が問われることになる」と指摘した。
林博史・関東学院大教授(現代史)は「当日に部隊長が自決の命令を出したかどうかにかかわらず、全体的に見れば軍の強制そのもので、これを覆す研究は皆無といえる」と指摘。八○年代の教科書検定以降、「各教科書は、研究成果を踏まえて軍に強いられた自決であることを書いてきた。それを今回は、日本軍による加害性を教科書から消し去ろうとした。事実をあいまいにする政治的なひどい検定だ」と批判した。
「あれは軍命だった」
座間味・戦争体験者ら怒り
沖縄戦時下、日本軍の軍命と誘導による「集団自決」で百七十七人が亡くなった座間味村では、軍の関与を削除した検定に怒りの声が上がった。
日本軍と米軍の攻撃の中に取り残された中村一男さん(73)の家族は、日本軍に配られた手りゅう弾で「集団自決」を決行しかけた。「日本軍は各家庭に、軍が厳重に保管していた手りゅう弾をあらかじめ渡し、米軍の捕虜になるぐらいなら死になさいと話していた」とし、軍命否定は「歴史を歪曲することだ。私たちが戦争体験を語るのは事実を伝え、むごい戦争を二度と起こさないため。(国は)事実は事実として後世に伝えてもらいたい」と話した。
集合場所とされた忠魂碑前へ向かうが断念、その後も「集団自決」しようとする家族を止めた宮里薫さん(74)は「書き換えで、軍命でなくなったのはおかしい。あれは軍の命令だった」と憤った。
「僕の家族にも一発の手りゅう弾があった。軍のものだから、民間が勝手に取ることはできず、渡されたのは住民は死ねということだ。軍命がないというのは、住民の実感に合わない」と批判した。
軍関与削除「喜ばしい」/戦隊長側、法廷で発表
【大阪】沖縄戦時に慶良間諸島で起きた住民の「集団自決」をめぐる訴訟の第八回口頭弁論で、戦隊長側の代理人が、三十日夕に文部科学省が公表した教科書検定の内容を法廷で事前に“発表”する一幕があった。識者からは「見過ごせないルール違反だ」との声が上がっている。
代理人は口頭弁論終了間際の午後二時前、「本日、文科省が検定意見を付し、多くの教科書がこれに応じて記述を修正したと聞いた」と述べた。
今回の教科書検定で、文科省が「日本軍による」など「集団自決」の主語を削除するよう教科書会社に求めたことを指摘。「真実が明らかになり、正しい記述がされるのは喜ばしい」とし「本件訴訟でもそのことを法廷で判決すべきだ」と述べた。
裁判を傍聴した琉球大の高嶋伸欣教授は「一般の傍聴者がいる法廷で、社会的ルールを二の次にした行為だ。裁判と検定がなれ合った状態を看過できない」と批判した。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703311300_02.html