2007年3月31日(土) 朝刊 26面
政府「軍命」隠滅か
文部科学省は歴史教科書検定で、「集団自決」の記述を「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現である」として、各教科書会社に書き直しを命じた。「誤解」の主要部分は日本軍の関与の有無。だが、その変更理由の根拠は弱く、政府による「日本軍の関与」隠しと受け取られかねない検定結果となった。
文科省が記述変更の理由に挙げたのは、係争中の民事訴訟の証言と学説状況の変化の二点。
特に重視したと思われるのは、大阪地裁で係争中の訴訟での元戦隊長の証言。同省は「本人(元戦隊長)から軍命を否定する意見陳述がなされている」として、これまでの検定で認めてきた「日本軍によって強いられた」などの記述の排除に動いた。
国自身が当事者ではなく、判決も出ていない訴訟での証言という不確定要素に加え、原告、被告双方からの意見ではなく、原告だけの主張を取り入れ、教科書に反映させる姿勢には疑問を抱かざるを得ない。
これまで同省は、教科書検定では係争中の問題を断定的に扱うことを控えてきた。今回は自らこの姿勢を崩したことになる。
文科省は早くも、四年後の次回検定について、状況の変化がなければ今回の基準を踏襲すると「宣言」した。
一方で、教科書会社側も同省の意向を推測し、自主規制する傾向が強まっている。今回、日本軍「慰安婦」に関して、過去に検定意見が付いた「日本軍の関与」に触れた記述は申請図書段階からなかった。
昨年の高校歴史教科書でも、採択率最大手の山川出版が申請段階での「日本軍の集団自決の強要」部分の記述を、最終的に自主削除する動きがあった。
このため「軍命」を薄めることに成功した同省が、次回検定で沖縄戦のさまざまな実相についても否定的見解を示してくることが予想される。(社会部・金城雅貴)
文科省の見解
「バランス欠く」と判断
「集団自決」への検定意見で文部科学省は、「軍命の有無」をめぐる論争につながる記述を廃していく方向性を明示した。「軍命があった」という通説に反論が出ている現状を踏まえ、「従来の説のみによる記述に検定意見を付さないとバランスを欠く」と判断した。
「集団自決」の記述に検定意見を付した背景としては、沖縄戦をめぐる出版物で軍命を出したと批判された日本軍の元戦隊長が出版社を相手に提訴するなど、「軍命の有無」をめぐる論争が起きていることが挙げられる。文科省側は「カチッとした公的文書が残っておらず、現にそれが争いになっており、従来の片方の主張のみに検定意見を付さないとバランスが取れない」と説明する。
「集団自決」をめぐる説の主な変遷を文科省は次のように認識している。
「自決せよ」との軍命を初めて記述したのは沖縄タイムス社の「鉄の暴風」(一九五〇年)で、聞き取りを基に軍命があったというニュアンスで書かれた。これがさまざまな形で引用されるようになった。
七〇年の「沖縄ノート」(大江健三郎氏)が、「鉄の暴風」を“孫引き”し、軍命を下したといわれる元戦隊長を批判した。
これらに対し、七三年の「ある神話の背景」(曽野綾子氏)が軍命の真実性に疑問を投げ掛けた。また、座間味の「集団自決」に関する女性の証言を基にした「母の遺したもの」(宮城晴美氏)は、「いろんな理由があってそう証言せざるを得なかったが、それは誤りである」という内容になっているとする。
こうした出版物を並べて、文科省は「軍命について説は判然としない」との結論を引き出した。
他方、文科省の担当者は「軍命の有無よりも、日本軍の存在が『集団自決』にいや応なしに追い込んだ」とする著作物があることにも着目しているという。「狭い島で米軍が突然上陸し、守ってくれるはずの日本軍は兵力、装備がなく、住民は逃げ場を失った。住民が極限的な精神状態に置かれ、『集団自決』へと追い込まれたという点で、軍命の有無を超えた立場で記述されている著作物もある」としている。
[視点]
真実のわい曲許せず
600人死亡の惨劇消えぬ
二〇〇五年六月、日本軍「慰安婦」問題を教科書から削除させる運動を続けてきた自由主義史観研究会が、次なる標的として、沖縄の「集団自決」に関する記述をあらゆる教科書や出版物から削除させる運動に着手した。その後、元軍人らによる「集団自決」訴訟、また家永教科書訴訟で国側証人だった作家曽野綾子氏が書いた「ある神話の背景」が再出版された。そして今年、高校歴史教科書検定は、「集団自決」における日本軍の関与を消し去ってしまうという新基準を示した。
米軍上陸前から、日本軍は、住民に対して「女性は強姦され、男は戦車でひき殺される」というデマを流し、捕虜になる恐怖をたたき込み、厳重に保管していた手りゅう弾を「いざとなったら死ぬように」と配った。慶良間諸島の各地で住民が、口にする事実はまぎれもなく日本軍の関与を示している。
沖縄戦の実相を象徴する「集団自決」。軍関与を否定する動きは、今後、沖縄戦全体を否定する動きにつながっている。
有事の際の国民協力を定めた国民保護法の成立、防衛庁の省への格上げ。有事への備えは着々と整いつつある。その時に、銃後も前線もなくなり、当時の県民人口四分の一に当たる十二万人を失った沖縄戦の記憶、「軍隊は住民を守らない」という教訓は、今の日本には邪魔なだけだということを一連の動きは示している。
「集団自決」を語る住民の言葉は重い。ある男性は、目撃した光景を、あたかも六十二年前に戻ったように語る。カミソリを持つしぐさ、首筋からの血しぶきがサーッと降りかかり、全身真っ赤になったこと。「目の前にその場面があるんです」。鼓動が乱れる、息をのみ、目には涙があふれている。身を削るように語り続けるのは、証言後は同じようにぐったりしていた母親が「生き残った者の使命だよ」という言葉があったからだ。
慶良間諸島の「集団自決」では約六百人が亡くなった。死者の沈黙、家族を手にかけたゆえの沈黙、犠牲となった人数の数倍も数十倍も沈黙がある。その沈黙を利用して「集団自決」の真実をねじ曲げようとする動きを許すことはできない。(編集委員・謝花直美)
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703311300_03.html
2007年3月31日(土) 朝刊 27面
「集団自決」訴訟/「軍が手りゅう弾配布」
【大阪】沖縄戦時に慶良間諸島で起きた住民の「集団自決」をめぐり、命令を出したとの記述で名誉を傷つけられているとして、当時の戦隊長らが作家の大江健三郎さんや著作出版元の岩波書店に損害賠償などを求めている訴訟の第八回口頭弁論が三十日、大阪地裁(深見敏正裁判長)であった。
岩波側は、戦隊長側が軍命がなかった根拠の一つにする「『集団自決』は(親兄弟の)愛によって行われた」との曽野綾子氏の碑文が記された渡嘉敷島の戦跡碑に言及。
「後ろに『海上挺進第三戦隊』とあるように部隊関係者が建て、碑文は隊員から頼まれて曽野氏が書いた」と指摘した。
碑文の内容が記された渡嘉敷村教育委員会編さんの「わたしたちの渡嘉敷島」に「かねて指示されていたとおりに集団を組んで自決した」との記載があると説明し、軍命があったと主張した。
また、座間味島の「集団自決」の際、村民に防衛隊員らから手りゅう弾が渡されたと指摘。「手りゅう弾は貴重な武器で、軍(隊長)の承認なしに村民に渡されることはないと考えられる」と強調した。
部隊長側は、沖縄戦時下の慶良間諸島で日本兵が住民に「集団自決」を命令したことを示す米公文書が見つかったとの沖縄タイムス報道に反論。「文書は座間味でも渡嘉敷でもない慶留間島のものだ」と述べ、今回の訴訟とは無関係だと主張した。
また、「一般的に『命令』を指す英語の動詞は『command』『order』などだが、文書にはより軽い意味の『tell』が使われている」と翻訳への疑問を提示し、証拠としての根拠が薄弱だと批判した。
座間味島民の手りゅう弾保持と軍命の関係については「村民の証言から、多くの手りゅう弾が不発になっていたことが明らか。操作方法も教わっていなかった」と述べ、軍が村民に「自決」命令していない大きな証拠だとした。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703311300_04.html
2007年3月31日(土) 朝刊 26面
パラオ県人虐殺/国に調査徹底を要請
【東京】アジア・太平洋戦争中の旧南洋群島パラオで、ハンセン病患者だった県出身男性が日本軍に殺害された問題で、裏付けとなる地元住民からの証言を入手した富山国際大学の藤野豊助教授は三十日、厚生労働省に対し、国による調査の徹底と被害者への謝罪などを求めた。厚労省側から具体的な回答はなかった。
ハンセン病市民学会事務局長を務める藤野助教授は、今月十九日から二十一日までパラオ共和国で生存者からの聞き取り調査などを進め、施設に入所していた地元男性(86)から、県出身男性が殺害された事実を突き止めていた。
厚労省健康局疾病対策課に対し、藤野助教授は「(南洋群島では)日本人も隔離され、殺害された犠牲者もいる。沖縄県とも調整し、早期に真相を究明してほしい」と要望。県出身男性の遺骨収集や慰霊、証言した地元男性への早期補償も求めた。
厚労省は二十八日、ハンセン病補償法(今年二月改正)に基づき、南洋群島四島の施設も今年四月から補償対象に指定することを決めている。患者が死亡している場合は、補償金(一人八百万円)は支給されない。本人のみの請求期限は二〇一一年まで。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703311300_07.html2007年3月31日(土) 朝刊 3面
参院本選/糸数氏、野党統一候補へ
七月の参院選に向け、前参院議員の糸数慶子氏(59)の擁立を決めた社大党(喜納昌春委員長)は三十日までに、社民党県連(照屋寛徳委員長)へ選挙協力を要請、共闘に合意した。喜納委員長ら幹部は民主党県連(喜納昌吉代表)や共産党県委(赤嶺政賢委員長)、連合沖縄(仲村信正会長代行)らと相次いで会談して共闘を求める予定。糸数氏は週明けにも、野党統一候補として固まる見込みだ。
社大党の喜納委員長らは二十七日、社民党県連の幹部に糸数氏を擁立した経緯を説明、選挙協力を要請。参院候補を社大党に委ねていた社民党は協力を決めた。
社大党は四月二日までに、民主党県連、共産党県委、連合沖縄の代表者と相次いで会談する。各党・労組は糸数氏擁立を支持し、社大党の決定に委ねていただけに、糸数氏の野党統一候補が決定する公算が大きい。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703311300_08.html