沖縄タイムス 関連記事(3月28日 1)

2007年3月28日(水) 朝刊 1・31面
沖縄密約 判断せず/西山元記者、全面敗訴
東京地裁判決 除斥期間を適用
 一九七二年の沖縄返還密約事件で、国家公務員法違反罪の有罪が確定した元毎日新聞記者の西山太吉さん(75)=北九州市=が政府の密約を不問に付した一方的な起訴や控訴で精神的な苦痛を受け続けているとして、国に謝罪と慰謝料など三千三百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が二十七日、東京地裁であった。加藤謙一裁判長は、検察官の訴追や外務省高官の偽証に対する違法性の主張に除斥期間(権利の法定存続期間、二十年)を採用。「密約」の有無を判断せず、請求を全面的に退けた。西山さんは判決を不服として控訴する。
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[解説]
知る権利、門前払い
 二十七日の東京地裁判決は、最大の焦点だった沖縄返還交渉の「密約」の有無には一切触れなかった。損害賠償の請求権は二十年で消滅するという民法の除斥期間を判断の前提条件にして、西山太吉さんの有罪を確定した最高裁決定の誤判性などの争点には判断を示さないまま、いわば門前払いの形とした。
 西山さん側が、日米政府の交渉記録や米国の公文書など膨大な証拠書類を積み上げたのに対し、同地裁が判決の中で判断を示したのはわずか三ページ。実質的な審理に入れば、密約を認定せざるをえず、現政権をも巻き込む事態になりかねないとして、司法が政府の密約を追認したといえよう。
 西山さん側が返還交渉の内幕と密約の全体像を明らかにしたのは、当時、入手した国の内部文書は政府の重大な“権力犯罪”を証明する証拠であり、国家公務員法が保護するには値しない性質であることを裏付けるためだった。政府には隠したい秘密でも、国民には知る権利があるという主張だ。
 その上で、密約の重大さを認識せず、記者活動の目的の正当性を検討していない最高裁の決定は国民の知る権利を軽視した誤判だと主張。そうした判断材料になったのは、起訴状に「ひそかに情を通じ」などと記して男女関係に基づく入手方法を強調した検察官の訴追にあるとしていた。
 いずれの主張も、密約が違法性の強い国家の不意性行為であるとの認識が前提だったが、地裁判決はこれらに、全く取り合わなかった。除斥期間を盾に、形式論に終わった形だ。
 返還密約訴訟は、密約をした政府が何のそしりも受けず、不正を暴こうとした記者だけがなぜ刑罰を受けるのかという素朴な問いと、国の情報統制にあらがえないメディアや社会に知る権利の意識を喚起する「異議申し立て」だった。
 西山さんが対米一辺倒と批判する政府の安保・外交政策と、沖縄問題との構図を考える格好のケーススタディーでもあったが、一審は法律上の理屈に終始する結末となった。(社会部・粟国雄一郎)
判決骨子
 一、除斥期間(権利の法定存続期間、20年)により損害賠償の請求権は消滅
 一、除斥期間の適用を妨げる事情は認められない
 一、検察官に再審請求義務なし
 一、政府高官の「密約」否定発言は名誉棄損にはあたらない
 一、河野洋平元外相による吉野文六元外務省局長への密約否定要請は証拠がない
 一、その他は時機に遅れた攻撃方法であり、却下

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703281300_01.html

2007年3月28日(水) 朝刊 31・30面
密約追及「闇」晴れず/控訴審で真実問う
 【東京】「想定していた中で、一番イージーな判決だ」―。二十七日の沖縄返還交渉をめぐる「密約訴訟」の判決で、東京地裁は密約の有無を判断せず、政府高官の「密約否定発言」の違法性も退けた。政府の外交姿勢を厳しく批判してきた元毎日新聞記者の西山太吉さん(75)は怒りと落胆をあらわにした。主文朗読から閉廷までの所要はわずか十秒ほど。司法は沖縄返還時の日米交渉に横たわる「闇」から目を背けた。「結論ありき。司法の自殺行為のような判断だ」。西山さんは控訴審で真実の追求を続ける。
 午後二時すぎに東京地裁内の司法記者クラブで始まった記者会見。西山さんは上下グレーのスーツ姿で現れた。
 「司法が日本にないことを証明するような判決だ」。両目をつり上げ、鋭い眼光で心境を語った。口調は落ち着いていたが、時折唇を震わせ、目を潤ませる場面もあった。
 約二年の法廷闘争。西山さんは約八十の証拠を提出、検察官や政府高官らに二十四の違法行為があったと指摘した。しかし、地裁は二十年で損害賠償の請求権が消滅する「除斥期間」を盾に、密約の有無の判断を避けた。
 西山さんは支援者との集会で「除斥期間という武器で何でも抹殺できる」と無念さを強調。「これが国家機密裁判だ」とこぶしで机をたたいた。
 昨年二月には、沖縄返還交渉を担当した元外務省アメリカ局長の吉野文六さん(88)が密約の事実を明らかにした。
 風向きが変わるかに思えたが、西山さんは「吉野証言で、裁判所のガードがさらに固くなった」と法廷で逆風に働いた面があったと明らかにした。返還交渉を知り尽くすキーマンの証言を突きつけても、動かぬ厚い壁。
 「提訴からの二年が無に帰したとは思わない。これからも闘い、訴え続けることに意味がある」。権力に屈せぬ“ジャーナリスト”は、上級審で再び政府と対峙する。
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メディア姿勢に批判
 沖縄返還密約訴訟が問うたのは、歴史の真相だけではなかった。次々に要求を突き付ける米国。対等な交渉ができない日本。何も知らされない沖縄がそのはざまで翻弄され、基地が固定化される構図は、今も変わらない。強権と懐柔策を巧みに使い分ける権力に、メディアはどう対峙してきたか。三十五年前の課題は、未解決のまま積み残されている。(社会部・阿部岳、安里真己)
権力側の学習
 日本のジャーナリズムが権力に抵抗できなくなり、今日に至る重大な転換点。一九七二年の事件当時、週刊誌記者だった亀井淳さんはこう見る。「西山事件は『沖縄のことには目をつぶっていろ』というメッセージ。それは今も生きている」
 むしろ事態は深刻さを増している。「メディアは退廃を深め、今回の訴訟でも大手の対応は鈍い。沖縄の基地の現状も東京からは目隠しされて、見えない」と話す。
 雑誌「噂の眞相」元編集長の岡留安則さん。「事件当時は検察がゴシップに世論を誘導したが、今は誘導しなくてもメディアが勝手に権力寄りの情報を垂れ流している」と批判する。米軍再編でも「政府が言うまま報道され、再編そのものへの批判的論調がない」と、いら立ちを隠さない。
 西山太吉さんをドキュメンタリー番組で初めて取り上げたジャーナリストの土江真樹子さんは、「権力はこの間非常に良く学び、対策を取ってきた」と見る。
 新聞記者に情報を漏らした疑いで自衛官が強制捜査された事件を挙げ、「政府はすぐに『知る権利の問題ではない』と打ち消した。一方のメディアは、本質と違う方向に流される傾向が変わっていない」と嘆く。
 今回の裁判を「西山さん個人の問題ではなく、沖縄、メディアの問題。皆が当事者と感じてほしい」と話した。
問題は「外見」
 「先生、日本は戦争に負けたんですよ。限度があります」。毅然とした対米交渉を求める元衆院議員、上原康助さんの居室で、外務省高官はよくこう口にしたという。
 「米国は密約で、表面だけを繕う外務省の体質を知った。再編でグアム移転費用を再び日本に負担させるのも、当然の成り行きだった」。上原さんは「米国は高笑いしている」と悔しがる。
 七二年の国会で暴露された外務省の極秘電信文にあった「問題は実質ではなくアピアランス(外見)である」との一文は象徴的だ。SACO合意を究明する県民会議の真喜志好一さんは、「復帰のうたい文句だった『核抜き本土並み』も米軍再編の『負担軽減』も、まさに同じ見せかけだ」と憤る。
 米軍が六〇年代に作成した名護市辺野古沿岸の基地建設計画を発掘。現在の普天間代替施設案との類似点を挙げ、「いずれ実現するという日米密約があったのではないか」と指摘している。「後で密約の存在を知って悔しがっても遅い。真相を探り、計画を止めたい。それが西山さんのかたき討ちにもなる」と語った。
口つぐむ司法・田島泰彦
国民の権利擁護 果たさず
 今回の判決は、沖縄返還交渉の密約についてまったく議論しないまま、除斥期間という形式的なレベルにとどめてしまい、中身に対する司法判断が下されなかった。極めて残念な判決だ。
 近年、密約の事実を示す米国の公文書が二度にわたり公開された。また、沖縄返還交渉当時の日本政府事務方の最高責任者だった外務省の吉野文六・元アメリカ局長が、勇気をもって密約の存在を認めた。にもかかわらず、裁判の前提である日米間の密約という重大な疑惑について、正面から判断がなされることはなかった。本丸に到達することなく、入り口で終わってしまった。
 密約を報じた西山太吉氏は国家公務員法違反で起訴され、高裁、最高裁で有罪とされたが、その有罪を支える根拠は正当だったのか。密約の事実があったとすれば、それ自体が憲法違反であり、西山氏を有罪とする根拠そのものがなくなるが、極めて重要なその事実が裁判を通して明らかにされることはなかった。
 沖縄返還協定に反する密約があったとなると、政府は国会や国民を欺いたことになる。重大な憲法違反行為であり、きちんと正さなければいけないが、国民の権利擁護の役割を果たすべき司法は、口をつぐんでしまった。現在の司法の暗い現実の一端が表れている。このままでいいのか、あらためて問わずにいられない。
 西山氏の当初の事件を通し、国民の「知る権利」への関心が高まり、その後の情報公開の仕組みにもつながった。しかし、その「知る権利」は十分に生かされているだろうか。沖縄が現在直面している問題を見ても、米軍再編について膨大な国費が使われる根拠を含め、十分な説明はなされていない。
 また、裁判を通してこの国のメディアの状況をみると、一部のメディアは吉野証言を引き出すなどの成果があったが、全体としてみると、果たして密約の真相を厳しく追及できたか。事実に迫りきれていたか。課題は残されている。(談)(上智大学教授、「沖縄密約訴訟を考える会」世話人)

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200703281300_02.html

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