(今日の赤旗、「学問 文化」欄に掲載されたものです。)
基地と汚染 ―下― 米谷ふみ子
米軍基地の危険溶液放置
「癌を起こすかって? イエス」
日本は、アメリカの領土の二十五分の一に近く、人口密度はアメリカは一キロ平方メートルに付き二十四人で、日本は三二〇・四人にもなる。国土は、ほとんどが山岳地帯で耕作地は少ない。そんな所に、世界中でアメリカの国内を除いて一番多くの土地一万九千五百三十六エーカーを今アメリカの基地に提供しているのだ。基地は、たいてい飛行機の発着をする平地が必要なので、日本人が住んだり、耕したりする面積を大量に占めていることになる。
その狭い日本で岩国基地を拡(ひろ)げ、戦闘攻撃機が百三十機ほどと原子力空母が移駐するという話が出ているとき、ロサンゼルス・タイムズにアメリカ国内の軍用基地の環境汚染の恐ろしい記事が出ていた。日本のメディアに出るかと待っていたが出なかった。アメリカ国内で起こっていることだが、同じ戦闘機や戦艦が日本の基地にも出入りしているのだから、基地の近くの住民の健康にかかわることなので心配する必要があると思う。
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一九九〇年代に大量の工業用溶剤が国の水道水に入っているのを環境庁が発見した。四年間の検査の結果、四十倍も癌(がん)を起こすのではないかと疑われているTCE(trichloroethylene)の汚染がアメリカ国内にある千四百の軍事施設で拡がっていた。二〇〇一年に環境庁がその汚染をとめるために厳しい企画をくんだのだが、国防総省やブッシュ政権の反対に遭い、実行不可能になった。
飛行機や他の機械の金属から油を除く透明な液体TCEは中央政府や国際機関や、五、六の州では使用禁止になっているものだ。先天性障害児や子どもの白血球、腎臓、肝臓の癌の原因をいわれ、その汚染で何百というコミュニティーの人々が癌に罹(かか)っているのに何も処置がとられていず、十年も放置されている。
TCEの研究専門家のボストン大のオゾノフ教授は「TCEが癌を起こすかって? イエス。多くの症例があります」と言っている。
恐ろしいことに既に閉じられたテキサスのケリー空軍基地で何十年とTCEが使われ、何千ガロンという溶液が浅い地下水を含む多孔(たこう)質浸透性の地層に染み込んでいた。それが徐々に基地からサンアントニオの住宅地の方に四マイルも移動したのだ。空軍が清掃し始め汚染が少なくはなったが、もう十五年はかかるということだ。
ノース・カロライナにある海兵隊のルジューン・キャンプでは汚染した井戸を閉じたけれど、一九六八年から一九八五年までに一万二千五百九十八人の生まれた子どもたちの間に癌とか先天性障害児は百三人でその中で白血病が六十二人と、国の平均より二倍も多い。
カリフォルニア州でもエドワード空軍基地やキャンプ・ペンドルトンなどでもTCEの汚染が認められる。同州では二百四十三の井戸が閉じられた。多くの軍需産業工業地でも汚染がひどい。バーバンクにあるロッキード飛行機製作会社の跡の汚染で住民からの訴訟が延々と続き遂に法廷外で決着したことがあった。ここでも半分の量の井戸が閉じられたと、枚挙に遑(いとま)がないほど例がある。
基地拡張の交渉を日米政府がするとき、空気汚染と騒音のことは出るが、足元が危ないのをメディアは報告していない。
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全米科学アカデミーは二〇〇六年七月にTCEは「発がんの危険性および他の健康被害を及ぼす危険性を持つ証拠が二〇〇一年に比べて強まった」と発表した。アメリカ国防総省、エネルギー省、航空宇宙局のうち60%の個所でTCEが検出されている。アメリカ軍はほぼ使用を取りやめ二〇〇五年には十一ガロンのみしか購入していない。二〇〇六年のアメリカでの使用量は約百トンであると言っている。が、日本での基地拡張の交渉に、狭い土地ゆえ、皆の食料(海千山千の)が汚染している可能性があるので基地の近くの土壌や海水の検査を要求する必要がある。
TCEの使用禁止とか地下水汚染処置を要求しなければ、将来日本中、居住地も農耕地も水が汚染されるだろう(もう汚染された所は医療費もアメリカ負担を要求する)。日本のように狭い土地での現象がアメリカ人には分からないし、他国民の安全なんて考えには入れていない。ことに外国にある基地のことまでは考えていない。例えば、アメリカで禁煙が流行(はや)り、たばこが売れないと東南アジアに行ってたばこを売るというのが、アメリカのビジネスである。更年期の女性のホルモン療法が癌を起こすとアメリカで取りやめになっても、一年後でも日本の婦人雑誌にホルモン療法を薦(すす)めている記事が出ていた。
事ほど左様に、国内で使えなくなったものでも外国の基地に残っていれば、使うだろうし、原子力潜水艦が寄港して放射能が洩(も)れてもそこの政府に洩らしたとは即時にしらせないだろう。
政府というものは、国民を守るためにある。国民の健康を守るのに目を見張っていなければならない。他国が毒を盛っているのなら、やめろを要求するべきだ。そのために国民は税金を払っているのだ。我が子が殺されるのを遠慮して黙って見ている親は馬鹿(ばか)、そんな状態では日本中が人工的ハンディキャップや病人で一杯になる。今のアメリカのように。
(こめたに ふみこ・作家、米ロサンゼルス郊外在住)
2007年3月21日 しんぶん赤旗