沖縄タイムス 関連記事・社説、琉球新報 社説(6月18日、19日朝刊)

2007年6月18日(月) 夕刊 1面

 

自民、意見書案合意へ/「集団自決」修正撤回

 

 高校歴史教科書の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」の記述から「軍命」を削除した文部科学省の教科書検定の撤回などを求める意見書への賛成方針を決めた県議会最大会派の自民党は十八日、議員総会を開き、文教厚生委員会の前島明男委員長から提示された意見書案を協議、合意する方針を決定した。

 

 一方、野党側は「集団自決」の軍命に対する意見書案の見解で、「沖縄戦の史実を自ら否定する表現になっている」と反発。野党会派は十八日午後に対応を協議し、独自の意見書案を提示する構え。文厚委員会は意見書案をめぐり、与野党の激しい議論が予想される。

 

 文厚委員会で可決された後、代表質問が始まる二十六日の本会議冒頭で可決される見通しだ。

 

 意見書案は、「集団自決」の軍命について「県内のほとんどの資料が灰じんに帰し、今後文書的な証拠が出る可能性は極めて乏しく、事実の検証は厳しい状況」と指摘。

 

 投降が許されなかった極限状態にあったとした上で、「軍しか持ち得ない手りゅう弾が配られ、多くの住民が自決に追いやられたこと多くの証言から紛れもない事実」とし、「今回の修正は到底容認できない」と検定意見の撤回、記述の回復を要請している。

 

 だが、野党側は「軍命については生き証人がいる。『検証が厳しい』とするのは、沖縄戦の史実を自ら否定している」「軍の命令なくして、起こり得なかったのは事実」と委員長案を批判した。

 

 自民の伊波常洋政調会長は「合意できるぎりぎりの線。意見書合意に向けて譲れない」と強調。前島委員長も「全会派が折り合いがつけられる内容を検討した。決裂させるわけにはいかない」と述べた。

 

     ◇     ◇     ◇     

 

本部議会決議

 

 【本部】教科書検定で沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」に日本軍が関与したとする記述が高校の歴史教科書から削除された問題で、本部町議会(小浜利秀議長)は十八日開幕した六月定例会冒頭、検定意見の撤回を求める意見書を全会一致で可決した。

 

 意見書では「係争中の裁判を理由にし、かつ一方の当事者の主張のみを取り上げることは、文科省自らが課す検定基準を逸脱するばかりか体験者の証言や沖縄戦の実相を再び否定しようとするもの」として、文科省の検定意見を批判している。あて先は内閣総理大臣、文部科学大臣、沖縄担当大臣。

 

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200706181700_02.html

 

 

2007年6月18日(月) 夕刊 7面

 

南風原病院壕を公開/150人集い式典

 

 【南風原】平和の拠点「南風原」の第一歩へ―沖縄陸軍病院南風原壕群二十号が十八日、一般公開された。これに先立ち十七日、同町喜屋武の同壕入り口で関係者ら約百五十人が参加して記念式典が開かれた。黄金森一帯で犠牲となったみ霊に全員で黙とうをささげた後、町や元ひめゆり学徒隊ら関係者がテープカットした。

 

 奉納の踊りとして公民館サークル「ユーアンドアイ」による手話ダンス「さとうきび畑」が披露され、公開を祝した。

 

 直前に降りだした雨が、式典開始とともにたたきつけるような激しい雨となったが、元学徒隊の関係者らが「雨音が響き渡る様子は、まるで壕にいたころのようだ」と当時を思い返す式典となった。

 

 沖縄戦当時、第三外科壕で軍医をしていた陸軍病院慰霊会の長田紀春会長(86)は「壕の中で亡くなった人々の無念の思いが今でも思い浮かぶ」と語り、平和への強い思いを示した。

 

 町文化財保護委員長を務めるなど二十四年間、同壕群の整備にかかわった沖縄国際大学の吉浜忍教授(57)は「戦争体験者は、いまや県民人口の二割しかいない。年々少なくなる生存者に代わり、歴史を語る生き証人として壕は貴重な存在だ」とし、二十号壕の公開を機に、残りのすべての壕を整備し公開する決意を示した。

 

 式典の後、町が養成した「南風原平和ガイド」の案内で希望者らが壕を見学し、当時の様子を追体験した。

 

 一般公開は十八日午後一時から。見学は完全予約制。問い合わせは南風原文化センター、電話098(889)7399。

 

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200706181700_04.html

 

 

2007年6月19日(火) 朝刊 1面

 

米軍、県の調査拒否 嘉手納燃料流出

 

根拠不明 県は困惑 原因公表も不透明

 

 米空軍嘉手納基地内で大量のジェット燃料が流出した問題で、同基地は十八日、県が申請した土壌などのサンプル採取を含む基地内立ち入り調査について「周辺地域への被害および長期にわたる環境への悪影響はないと判断した」とし、許可しない方針を明らかにした。周辺地域への被害などはない、と判断した具体的根拠は不明。一方で、燃料漏れの原因に関する調査は継続中とし、終了後に「調査結果を地元関係者に提供する」としたが時期は明示せず、内容も「公表可能な」範囲内としている。

 

 水道を管理する県企業局の花城順孝局長は「今後の対応を決める上で県の立ち入り調査は重要で、認められないと困る。米軍の調査結果がいつ公表されるのかも分からず、時間がかかることも予想される」と懸念を示した。

 

 同基地は「基地幹部が技術官や環境保全官、上級司令部と協議した」とし、「今回の燃料漏れに関し、地元関係者によるさらなる検査や調査は必要ないと判断した」と結論付けている。

 

 原状回復に向けては「厳密な環境ガイドラインに基づき、燃料が漏れた場所の浄化のため、あらゆる措置が取られる」と説明。取り除いた土壌を基地内の舗装された場所に広げ、土壌中の油分を蒸発させる「ランドファーミング法」による浄化作業に備え、今週中にも燃料の混入した土壌の除去作業を行う、としている。

 

 県環境保全課は七日に米軍から基地内立ち入りを認められたが、土壌などのサンプル採取を拒否され、目視確認にとどまった。このため、土壌や水のサンプル採取を含む基地内調査を十一日に再申請していた。

 

 同課は「仮に周辺排水で異常を検出した際、流出燃料の影響によるのかは、実際に燃料を採取し、厳密に成分をチェックした上で比較しないと断定できない」と指摘。「土壌の入れ替えなど今後の米軍の作業の進ちょくを見て、嘉手納町などと相談しながら周辺排水の監視を継続する」としている。

 

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200706191300_01.html

 

 

2007年6月19日(火) 朝刊 1面

 

軍命めぐり与野党対立/「集団自決」意見書案

 

 県議会最大会派の自民党は十八日の議員総会で、高校歴史教科書の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」の記述から「軍命」を削除した文部科学省の教科書検定をめぐり、文教厚生委員会の前島明男委員長から提示された検定撤回を求める意見書案について協議、合意する方針を決定した。一方、野党側は意見書案の「集団自決」の軍命に対する文言について「軍命の史実をあいまいにし、沖縄戦の実相を自ら否定する表現になっている」と反発している。

 

 護憲ネットと共産党の代表が社大・結連合、維新の会と協議し、野党案として提示する。与野党の激しい論戦が予想され、一致点が見いだせなければ意見書可決が見送られる可能性も出てきた。

 

 意見書案は「集団自決」の軍命について、「県内のほとんどの資料が灰じんに帰し、今後文書的な証拠が出る可能性は極めて乏しく、事実の検証も厳しい状況」と指摘。その上で、虜囚の辱めの教えで投降が許されなかった極限状態にあったことを挙げ、「軍しか持ち得ない手投げ弾が配られ、多くの住民が自決に追いやられたことは多くの証言から紛れもない事実」とし、「今回の修正は到底容認できない」と検定意見の撤回、記述の回復を要請している。

 

 一方、野党案は「『集団自決』は日本軍の命令・強制・誘導等なしに起こり得なかった」と明記。「紛れもない事実がゆがめられることは悲惨な地上戦で筆舌に尽くしがたい犠牲を強いられた県民にとって、到底容認できない」と強調し、検定意見の撤回、記述の回復を要請している。

 

 自民の伊波常洋政調会長側は「合意できるぎりぎりの線。容易には譲れない」と述べた。前島委員長も「全会派が一致できる内容を示した。決裂させるわけにはいかない」と述べた。

 

 護憲ネットの狩俣信子氏は「到底受け入れられない。訴えが弱く、文科省寄りだ」と批判。野党案を作成した前田政明氏(共産)は「軍命は多くの人々が証言している。最も重要な点をあいまいにするのは許されない」と主張した。

 

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200706191300_02.html

 

 

2007年6月19日(火) 朝刊 1面

 

「集団自決」削除 文科省が要求 意見書決裁は局長

 

 【東京】高校歴史教科書の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」の記述から日本軍の関与が削除された問題で、教科書を審査する「教科用図書検定調査審議会」に提出する「調査意見書」の決裁者は文科省の初等中等教育局長だったことが十八日、分かった。伊吹文明文科相は教科書検定について「文科省の役人も私も一言も容喙(口出し)できない仕組みで行われている」と答弁していた。一方、意見書を取りまとめた日本史・沖縄戦担当の教科書調査官(文科省職員)が、以前に「新しい歴史教科書をつくる会」の発足に携わった歴史学者と共同研究していたことも明らかになった。

 

 同日の衆院沖縄・北方特別委員会で布村幸彦審議官が、川内博史氏(民主)の質問に答えた。

 

 川内氏は「局長が決裁するということは、中身を見てまずかったら『もう一度やり直せ』と言える権限を持っている」と強調。「役人が口出しできる仕組みそのものだ」と批判した。布村審議官は「検定結果はあくまでも審議会の判断」との見解を繰り返した。

 

 調査官は、二〇〇一年に「つくる会」が主導した扶桑社版中学歴史教科書を監修・執筆した、伊藤隆東京大名誉教授と一九九九年ごろ共同研究した。文科省の内部資料によると、日本学術振興会に提出された「日本近代史料情報機関設立の具体化に関する研究」(代表者・伊藤教授)の九九年度収支決算報告書に、調査官が「研究分担者」として記載されていた。

 

 この研究には文科省の科学研究費補助金が拠出され、調査官は二〇〇〇年四月から現職にある。

 

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200706191300_03.html

 

 

2007年6月19日(火) 朝刊 27面

 

「集団自決」次代へ継承/座間味村構想

 

 【座間味】沖縄戦の「集団自決(強制集団死)」で二百人を超える住民が犠牲になった座間味村は、「集団自決」が起きた防空壕などの戦跡を整備し、島の戦争体験を継承する構想を進めている。併せて平和ガイドを養成し、修学旅行生らの平和学習にも当てる計画だ。現在、平和学習用のガイド本の編集作業に取り組んでいる。村教育委員会の仲地勇教育長は「戦争はすべてを破壊するという教訓を次世代に伝えたい」と話す。(高橋拓也)

 

 沖縄戦当時、座間味村には日本軍の海上挺進隊(海上特攻隊)が駐屯。米軍の空襲や艦砲射撃にさらされ、一九四五年三月二十六日に米軍が上陸すると、住民が追われた防空壕などで「集団自決」が起きた。

 

 村内の座間味、阿嘉、慶留間島などには、住民が避難した場所や海上特攻隊の陣地跡が残っているが、草木に覆われたり傾斜地にあって容易に近づけない所が多い。

 

 平和学習のガイド本の編集作業は二〇〇六年十二月に開始。各地区ごとに委員を委嘱し、沖縄戦の村民の足取りを現地調査や体験者の聞き取りで明らかにする。同時に、住民の避難経路や壕などの位置を地図にまとめる考えだ。

 

 平和学習の際、この地図とガイド本を活用しながら、地図に示された避難壕への通路や表示板を設けたり、内部をのぞけるように整備。「集団自決」の犠牲者らを祭る「平和之塔」なども整備し直したい計画としている。

 

 阿嘉島出身で日本軍が駐屯した当時五歳だった仲地教育長は「軍隊が島の人を守らず、軍隊に食糧を取り上げられたり、殺された人がいるのも確かだ」と話す。教科書検定で「集団自決」への日本軍関与の記述が削除されるような現状に、沖縄戦の教訓が風化してしまう危機感がある、という。

 

 村には年間八万人の観光客が訪れ、修学旅行生も多いため、養成した平和ガイドに案内してもらう。ガイド対象者など構想段階だが「冊子が完成すれば、すぐにでも着手したい」

 

 構想について、仲村三雄村長は「歴史事実を風化させてはいけない。平和ガイドを養成することで、座間味の歴史を次世代にきちんと語り継いでいきたい」と語った。

 

http://www.okinawatimes.co.jp/day/200706191300_04.html

 

 

沖縄タイムス 社説(2007年6月19日朝刊)

 

[ヘリパッド]

 

オスプレイ配備も視野に

 

 米軍北部訓練場の一部返還に伴うヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設問題で、東村の伊集盛久村長が選挙公約を翻し、移設容認の意向を示した。

 

 金武町の米軍ギンバル訓練場の全面返還に伴う儀武剛町長のブルービーチへのヘリパッド受け入れに続く移設容認である。

 

 いずれも、一九九六年十二月の日米特別行動委員会(SACO)で返還合意されたが、北部訓練場の場合は既存のヘリパッド六つを移すことが条件となった。ここでも同じ自治体内への「タライ回し」が基地の整理・縮小の大きな足かせとなっている。

 

 新たな六つのヘリパッドは、人口百五十人余の東村高江区を取り囲むように造られようとしている。一番近い住宅までの距離は約四百メートルだ。

 

 周辺には福地ダムや新川ダムなど県民の「水がめ」があり、ヘリの騒音や事故の危険性のほかに、訓練などに伴う飲料水汚染も懸念されている。

 

 福地ダムでは今年一月、米軍のペイント弾が相次いで発見され、照明弾や手りゅう弾まで見つかったのは記憶に新しい。

 

 そもそも、政府が水がめを米軍演習場として提供していること自体、県民にとっては許しがたい屈辱である。ヘリパッド問題は、その意味で決して地域だけの問題ではないはずだ。

 

 村議会で、移設受け入れを表明した伊集村長は「住宅、学校上空や早朝、夜間飛行はさせない。その都度、那覇防衛施設局に要請する」と、生活環境への配慮を示したが、当然である。

 

 しかし、訓練優先の現場の米兵がそれを守れるのか、大いに疑問と言わざるを得ない。

 

 十七日、「やんばるへのヘリパッド建設やめよう!集会」で、あらためて移設阻止を確認した住民自身がそのことを身に染みて知っているといえよう。

 

 やんばるの森は、国立公園や世界自然遺産の候補地であり「自然度」が極めて高い。特別天然記念物のヤンバルクイナやノグチゲラなど希少生物を守るためにも、ヘリパッド建設の在り方が問われてきた。

 

 移設後は、海兵隊や特殊部隊のサバイバル訓練などの増加も懸念され、貴重な自然環境を破壊し、その価値をますます失わせるだけである。

 

 米軍普天間飛行場のCH46、CH53輸送ヘリは、近い将来、垂直離着陸の機能を備えたMV22オスプレイに更新される計画だ。

 

 北部訓練場とブルービーチのヘリパッドは、米軍がいずれ「オスプレイ・パッド」として使う予定であることも視野に入れる必要がある。

 

http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20070619.html#no_1

 

 

琉球新報 社説

 

ヘリパッド建設 地域を分断する国施策

 

 国の施策が首長、住民に苦渋の決断を強いて、地域住民を分断、混乱させている。米軍のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設をめぐる金武町東村での動きだ。

 いずれも10年前の日米特別行動委員会(SACO)の合意に基づくもので、基地の返還条件に、ヘリパッド移設が盛り込まれた。狭い沖縄での基地のたらい回し、県内移設の難しさを見せつけている。

 17日には東村で、「やんばるへのヘリパッド建設7月着工やめよう集会」(同村民有志主催)が開かれた。移設による騒音被害、墜落の危険性、自然環境の破壊などを指摘し、「安心・安全で、静かなやんばるの暮らしを要求する反対決議」を行った。

 米軍北部訓練場の一部返還に伴いヘリパッドの移設計画が進められてきた。移設予定地の東村高江区では、生活環境の悪化が懸念される―などと反対を表明してきた。

 この4月の村長選挙で無投票当選した伊集盛久村長は当選当初は「移設予定地は民間地にあまりにも近く危険。変更の可能性は低いかもしれないが、住民の意思の先頭に立つことが村長の務め」と述べていた。が、5月17日になって「これまでの手続きの経緯を踏まえると移設場所の変更は難しい」とした上で、自然・生活環境の保全、住宅や学校上空の飛行回避を求めるとの方針になった。

 伊集村長の「移住場所の変更は難しい」との苦渋の決断の背景には、何があったのだろうか。政府の圧力はどうだったのだろうか。

 金武町のヘリパッド建設は、米軍ギンバル訓練場の返還条件として、ブルービーチ訓練場への移設が条件付けられたものだ。

 移設場所に近い並里区が反対する中、儀武剛町長が町議会で受け入れを表明。議会も「跡地利用計画の推進を促す宣言決議」を賛成多数で可決した。

 町では、ギンバル訓練場の跡地にがんの早期発見を可能にする先端医療機器などを備えた医療施設を計画。跡地に隣接する場所には「ネイチャーみらい館」(仮称)を島田懇談会事業として取り組んでいる。

 島袋純琉大教授は「振興策と基地のあからさまのリンクを地元自ら受け入れた」と問題視する。

 政府は、在日米軍再編の協力度合いに応じて関係する地方自治体に再編交付金を支給することを柱にした米軍再編推進法を成立させるなど、「アメとムチ」の政策がより露骨になってきている。

 どの地方自治体も財政状況は厳しい。その足元を見透かして交付金をちらつかせる手法は、地元自治体を混乱させ、住民を賛否両論で分断するようなやり方、といえよう。根本的な解決にはつながりそうもない。

 

(6/19 9:45)

 

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-24730-storytopic-11.html

 

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