2007年7月2日(月) 朝刊 1・23面
県内関係者も批判・危ぐ/防衛相「原爆発言」撤回
久間章生防衛相は一日昼、長崎県島原市内で記者会見し、原爆投下を「しょうがない」とした前日の講演での発言について「原爆は許せないという気持ちは微動だにしていないが、ああいう報道のされ方をするのは私の言い方にもまずい点があった。国民、被爆者の方に申し訳なかった」と陳謝した。また「これから先は講演でやったような話はしない」と事実上、発言を撤回した。
県内の被爆者でつくる県原爆被爆者協議会の安里盛繁理事長(78)は、十六歳の時に長崎で被爆した。「核武装に向けて、国民の核アレルギーを弱めたいという本音が表れた発言。なかったことにはできない。撤回するなら辞めるべきだ」と批判した。
県原水協の理事長を長く務めた福地曠昭さん(76)は「冷戦思考のまま、米国をかばったつもりだろう。今徹底的に声を上げなければ、再び沖縄に核が貯蔵されるような時代に戻りかねない」と、危機感を募らせた。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707021300_01.html
2007年7月2日(月) 朝刊 23面
高江区民ら座り込み/ヘリパッド着工を警戒
【東】「新たな基地建設はさせない」―。米軍北部訓練場の一部返還に伴い、那覇防衛施設局が七月からの工事実施を表明している東村高江区へのヘリパッド移設問題で、同区では二日早朝から、移設に反対する地元住民や市民団体のメンバーらが座り込みをし、工事の着工を警戒する。
反対行動に取り組む伊佐真次さんは「基地建設を許すと、子どもたちに申し訳ない。何とかして止めたい」と話している。
佐藤勉那覇防衛施設局長は六月二十八日の定例記者懇談会で、「本年度はN―4地区とH地区を整備する」と発表しており、座り込みはN―4地区の入り口付近で行われる見通し。同地区は高江集落に最も近い移設予定地。
移設に反対する住民たちは、宿泊所を併設した監視小屋の設置作業を進めており、村外からの参加者も募っている。
ただ区内では、「絶対反対」を訴える住民のほかに、移設反対に慎重な住民もおり、座り込みの規模は未確定だ。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707021300_05.html
沖縄タイムス 社説(2007年7月2日朝刊)
[久間防衛相発言]
被爆者の心忘れたのか
久間章生防衛相が、米国の原爆投下について「長崎に落とされて悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている」と発言した。大学での講演の中である。
米国が原爆を投下したのは、旧ソ連の日本への参戦を食い止めるための側面があるとの見方を示したものだ。
だとしても、それで、米国の原爆投下が正当化され得るものでは決してないはずである。一定評価されるものでもない。
政府は、久間発言について米国の当時の考え方を紹介しただけで、問題はないと早速火消しにかかっている。久間防衛相も、原爆投下を止められなかった当時の日本政府への批判が真意だと釈明している。
政治家による放言、暴言の類は、それこそ枚挙にいとまはないが、それにしても防衛省を率いる大臣の発言がこんなに軽く、見識に欠けるものでいいのだろうか。
相手が大学生だから軽くと考えたのであれば大間違いで、むしろ自らの底の浅さを露呈したというしかない。
今年の八月九日、長崎は被爆から六十二年の原爆の日を迎える。
去る四月、凶弾に倒れた長崎市の伊藤一長前市長は昨年のこの日、「人間はいったい何をしているのか。長崎では怒りといら立ちの声が渦巻いています」と、核軍縮が一向に進まない世界情勢に怒りを示す平和宣言をした。
被爆者の記憶をしっかりと語り継ぎ、国際社会に強いメッセージを放ち続けなければ、核廃絶は実現しないという被爆地の危機感を率直に表したものである。
防衛相は長崎県出身だ。長崎の悲劇を知らないはずはなく、記憶の風化へ立ち向かうべき立場の人だろう。
だが、「しょうがない」という発言からは、二度とあの悲劇を繰り返してはならないという決意が、みじんも感じられない。
言うまでもないが、政治家にとって「言葉」は自らの政治信条や立場を示す要諦だ。大臣であればなおさらのこと。いかなるときでもその発言には責任が伴う。
広島の被爆者も、長崎の被爆者も、世界でまれな体験を持つ者として、原爆の恐ろしさを語り続けている。
唯一の被爆国の大臣として、その経験を国際社会に語り継いでいく責任があることに、なぜ気付かないのだろうか。
発言は、被爆者への気持ちに思いをはせることもなく、思いやる心をも欠いたものと言わざるを得ない。
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20070702.html#no_1
琉球新報 社説
原爆投下「是認」 被爆者を踏みにじる暴言/内閣のレベルが問われる
久間章生防衛相が先の大戦での米国の原爆投下について「しょうがない」と発言し、大きな波紋を広げている。原爆投下は、広島と長崎で多くの市民の命を奪い、今なお多くの生存被爆者を苦しめる残虐行為である。世界で唯一その惨状を経験した国の閣僚として、あまりに無神経かつ非常識で、被爆者の気持ちを踏みにじる暴言と言わざるを得ない。
久間氏は率直に非を認め、発言を正式に撤回すると同時に、被爆者に対して直接謝罪すべきだ。久間氏起用の責任がある安倍晋三首相も、事の重大さを受け止め、責任の取り方も含めて適切な対応を被爆者や国民が納得する形で示してもらいたい。
批判集中の防衛相
第二次世界大戦末期の1945年8月6日、米国のB29爆撃機は広島市の上空でウラン型原子爆弾を投下した。市中心部の広島県産業奨励館(原爆ドーム)近くの病院上空約600メートルで爆発。爆心地の地表温度は4000度に達し、大量の放射線が発生した。市内の建物の90%以上が焼失または全半壊し、同年末までに推定約14万人が死亡した。
一方、長崎市には、広島被爆から3日後の9日、B29爆撃機からプルトニウム型原子爆弾が投下された。市の上空約500メートルで爆発、熱線や爆風、放射線で同年末までに約7万4000人が死亡した。翌年以降に亡くなった被爆者も数万人規模に上り、生存する被爆者の多くは、がんなど放射線が原因の健康障害に苦しんでいる。
今回の久間氏の発言に対し、広島や長崎の被爆者たちからは「地獄絵図だった原爆を正当化するのか」「被爆者の気持ちをまったく理解していない」などと怒りの声が上がった。久間氏は長崎選出の衆院議員で、防衛庁の省への格上げで初代大臣に就任したが「こんな人が政府要人では被爆者救済は難しい」との失望の声もあった。憤りは当然だろう。
久間氏は発言直後、原爆投下を止められなかった当時の日本政府への批判が真意だと釈明した。しかし、その説明は苦しい。久間氏は講演の中で、原爆投下とソ連参戦の関係などに触れ「長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない」と述べている。日本政府への批判が真意と言われても、分かりづらい。
その後も、引責辞任や発言の撤回、訂正を行う考えはないことを強調していたが、批判が収まらないことを受け、あらためて記者会見し「被爆者を軽く見ているかのような印象に取られたとすれば申し訳なかった」と初めて陳謝、発言を事実上撤回した。ただ、一連の対応を見ると、不本意ながら渋々といった印象は否めない。
重い政府の責任
首相も首相だ。これだけ批判を浴びている久間氏の発言を「米国の(当時の)考え方について紹介したと承知している」とし、問題はないとの認識を示した。そうであれば、補足した首相の「核を廃絶していくのが日本の使命」という言葉が薄っぺらに聞こえる。
久間氏の“放言癖”を見識と見る向きもあるが、そうだろうか。最近の年金記録不備問題では
「首相に責任はない。気の毒だ」と述べ、認識不足を露呈している。安倍政権で資質を疑われた閣僚はほかにもいるが、今回は一閣僚の力量的な資質というよりも、内閣のレベルそのものが問われそうだ。
原爆投下を是認するかのような発言は、適当に謝って済む話ではないだろう。被爆者の気持ちを踏みにじった「罪」は重い。日本は戦後、被爆国として世界に核廃絶を訴えてきた経緯もある。
昨年夏の「原爆の日」平和宣言で、秋葉忠利広島市長は「人類は今、すべての国が核兵器の奴隷となるか、自由となるかの岐路に立たされている」と指摘。核保有国に対し、核軍縮に向けた「誠実な交渉義務」を果たすよう訴えた。長崎市の伊藤一長市長(当時)も平和宣言で、核軍縮が一向に進まない世界情勢に怒りを示し、核兵器廃絶に向けた「再出発の年」にする決意を表明した。
未曾有の惨禍を人類の教訓にしたいという広島や長崎の誓いに、水を差してはいけない。被爆国として引き続き国際社会で主導的な役割を果たしていくためにも、政府は今回の問題に明確なけじめをつける必要がある。
(7/2 10:16)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25113-storytopic-11.html
2007年7月2日(月) 夕刊 1・5面
ヘリパッドあす着手/住民座り込み混乱も
米軍北部訓練場の一部返還に伴う東村高江区周辺へのヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設問題で、那覇防衛施設局は三日早朝に工事着手する方針を固めた。県環境影響評価条例に基づいて二日午後にも県に事前届け出を行い、三日以降、工事用進入路のゲート設置などの作業に着手。その後、施設整備に向けた本格工事を始めるとみられる。移設に反対する周辺住民の一部が座り込みを行っているため、工事阻止行動などの混乱も予想される。
県環境影響評価条例三四条は「事業者は対象事業にかかる工事に着手しようとするときは規則に定めるところにより、あらかじめその旨を知事に届出なければならない」と県への事前届け出を規定している。二日午前の段階では施設局から届け出はなく、同日午後に届け出る可能性が高い。
施設局は先月二十六日、高江区の道路付近に米軍提供施設と民間地域の区分を示す線を引き、「立ち入り禁止」の看板を周辺六カ所に設置するなど着工に向けた準備を進めていた。
佐藤勉局長は先月二十八日の定例記者懇談会で、「七月以降、適切な時期に工事実施したいと考えている。現在、五月中旬から実施している工事着手前の現況調査の内容の最終確認を行っている」と述べ、近く着工する方針を明らかにしていた。
施設局は移設される六カ所のヘリパッドのうち、本年度はN―4地区二カ所とH地区を整備する予定。区域ごとに施行する予定だが、本年度施行分は県道70号で分断されているため、同時施行するという。
工事に際しては、貴重な動植物に関するデータや作業上の注意事項などをまとめた「保護手帳」をすべての作業員に配布、作業中は常時携帯させる。
◇ ◇ ◇
「強行許さぬ」住民結集/東村高江区 30人座り込み
【東】「ヘリパッドの工事の強行は許さない」│。米軍北部訓練場の一部返還に伴い、那覇防衛施設局が七月からの工事実施を表明している東村高江区のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設をめぐり高江区の住民ら約三十人が二日午前、移設予定地の入り口付近で着工を阻止するための座り込みを始めた。
参加者は午前十時から、米軍提供施設との境界線を示す赤線の前で、集会を開き、「ヘリパッド建設反対」「県民のダムを汚すな」と書かれたボードを掲げて、シュプレヒコールを繰り返した。
集会には、名護市辺野古で米軍普天間飛行場代替施設建設に反対するメンバーらも参加した。
ブロッコリーの森を守る会の安次嶺現達代表(48)は、「被害を受ける住民に納得できる説明もないまま、強行に工事が進められようとしている。人殺しの訓練をするための施設はいらない。基地の整理・縮小ではなく、明らかな機能強化だ」と憤った。
高江区に住む伊佐真次さん(45)は、「県民の水がめであるダムの近くにヘリパッドが造られようとしている。県民全体の問題として、多くの人に関心を持ってもらいたい」と呼び掛けた。
一方、集会に参加しなかった仲嶺武夫区長は「五月の代議委員会で、ヘリパッド移設に関し区として、阻止行動まではしないと決めたので、それに従って、行動するしかない」と話した。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707021700_01.html
2007年7月2日(月) 夕刊 1面
県、あす基地立ち入り/米軍油流出
米空軍嘉手納基地内で大量のジェット燃料が流出した問題で米空軍は、三日午前十時からの基地内での土壌入れ替え作業に県と那覇施設局職員が立ち会うことを許可した。防衛施設局が二日午前、県環境保全課に通知した。県が求めた土壌などのサンプル採取は認められていないが、県は立ち入る方針だ。
県環境保全課は先月七日に米軍から基地内立ち入りを認められたが、土壌などのサンプル採取を拒否され、目視確認にとどまっていた。このため、土壌や水のサンプル採取を含む基地内調査を再申請していた。
同基地は原状回復に向け、取り除いた土壌を基地内の舗装された場所に広げ、土壌中の油分を蒸発させる「ランドファーミング法」で浄化する予定。先月十九日から燃料の混入した汚染土壌の除去作業に着手している。
米空軍嘉手納基地の第一八航空団司令官のブレット・ウィリアムズ准将は先月二十二日、県庁で仲里全輝副知事と面談し、サンプル採取は許可しない方針を伝える一方、土壌入れ替え作業に県の立ち会いを認める方向で調整していることを明らかにしていた。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707021700_04.html
2007年7月2日(月) 夕刊 1面
久間氏発言 県も問題視
仲里全輝副知事は二日午前の県議会(仲里利信議長)六月定例会一般質問で、久間章生防衛相が原爆投下を「しょうがない」と発言したことについて、自宅療養中の仲井真弘多知事の見解として「世界で唯一、原子爆弾の惨禍を受けた被爆国の国民として、また悲惨な太平洋戦争の地上戦を体験した県民を代表する知事として、いかなる理由にせよ、核兵器の使用を容認すると誤解されるような発言は誠に遺憾」との認識を示した。
しかし「閣僚の罷免は首相の選任事項であり、出処進退まで言及する立場にはない」と述べた。赤嶺昇氏(維新の会)の質問に答えた。
知念建次文化環境部長は、これまで未制定だった廃棄物処理に関する県の指導要綱について「最終処分場や焼却施設の建設計画に対し地域住民、関係市町村から申請段階における地域への情報公開などの要望があり、現在、要綱制定に向けて準備している」と明らかにした。當山弘氏(護憲ネット)への答弁。
県内市町村の障害児保育受け入れ状況については、伊波輝美福祉保健部長が「県内の状況を調査した結果、すべての市町村で年齢にかかわりなく障害児を保育所に受け入れていることを確認している」と述べた。
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200707021700_05.html
2007年7月2日(月) 夕刊 5面
サンゴ保全に人間力大賞/金城浩二さん(沖縄市)
【横浜】日本青年会議所(奥原祥司会頭)の「青年版国民栄誉賞・人間力大賞2007」の式典・祝賀会が一日横浜市内であり、サンゴを移植するなど保全・再生活動に取り組む沖縄市の金城浩二さん(37)がグランプリに輝いた。日本青年会議所によると、県内からのグランプリ受賞は初めて。
金城さんは海中生物の養殖などを行う「海の種」の代表を務める傍ら、北谷町沖合でのサンゴの移植をはじめとした普及啓発活動で、環境保護意識の向上に努めたことが評価され、内閣総理大臣奨励賞、環境大臣奨励賞も併せて受賞した。
金城さんはグランプリ受賞に涙で声を詰まらせながら、「最初は誰も認めてくれずつらかった。サンゴをよみがえらせたいとの思いを信じ続けてずっと踏ん張ってきただけに、今日は自分の仕事に確信を持てた。皆が少しでも海のことに気付き、行動してもらえるようになればいいと思う」と喜びを語った。
「人間力大賞」は、文化・芸術・福祉・スポーツなどの活動を積極的に実践している二十歳から四十歳までの「光り輝く傑出した若者たち」の栄誉をたたえており、今回で二十一回目を迎える。